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   時はクリスマス。11月の時点ですでに飾りを施された街は、いよいよ本番とばかりに鮮やかに色づいていた。それに加え、折から降り出した雪がその光達をさらにやわらかく、幻想的に変えて、街は一気に盛り上がりを見せるのだった。
「やってらんねー」
そんな言葉を吐く気にもなれなかった。
   東京という土地柄、気候的にとても珍しい12月の雪。しかもピンポイントで24日に舞い降りたそれに、人々は皆、一様に色めき立った。クリスマス自体、異様な盛り上がりがあるというのに、さらに輪をかけ盛り上がる街。楽しそうに歩く家族連れの微笑ましい光景でさえ、独り者には目の毒でしかなかった。

   俺にも、クリスマスを一緒に過ごそうと思っていた相手は居た。だが、しばらく前に「パスタを箸で食べるヤツなんか他の女にくれてやる」という捨台詞を置いて出ていった。
   理解ってる。あれは俺が悪かった。
   ほんのちょっとの遊び心だった。なんとなく彼女以外の女はどんな感じなのかと、好奇心に駆られてちょいと縁のある女の子に手を出した。
   正直、バレるとは思わなかった。だってたったの1日だ。たった1日、違う女と遊んだだけ。それだというのに世の中は奇異なモノで、その1日を彼女に目撃されて事が露見した。今まで、一緒に出かけた時以外、街ですれ違う事もなかったのに。
   その日の夜、やや遅くアパートに帰ると彼女がそこに居た。
「他の女の子の前だとちゃんとフォークを使ってパスタを食べるんだね」
飲んでいた彼女気に入りミルクとコーヒー1:1のカフェオレを置いて、第一声がそれだった。
   すぐにレストランでの昼食シーンを目撃されていたのだと理解した。が、なぜか言い逃れしようという気は起きなかった。もしかしたら、彼女の大人しさに絶対の安心感を持ってたのかもしれない。
   だが、それは買いかぶりだった事を知る。
「お前の前では気取らずにいられるんだ」 そう諭す一言を吐く暇(いとま)も与えず、彼女の右手がひらめき俺の頬めがけて振り抜かれた。
   平手打ち。…なんて可愛らしいものではない。拳が派手に音を立てて皮膚に食い込んだ。
   その細い腕のどこにそんな力があったのか、それは15cm以上も身長差のある俺をよろめかす程のものだった。当然、当たった後も痛みは尾を引き、それにかまけてる間に彼女は例の台詞を吐き、出ていった。

   よって、独りぼっちな俺。

   一人暮らしの男の部屋に食い物が待ってる訳もなく、なので俺は帰り道の途中にあるコンビニに立ち寄る。こんな日は弁当もいつも以上に種類も残っているのだから精々迷えば良いモノの、結局普段からよく食べているカルボナーラを手に取りレジへ向かった。
   「コチラ温めますか?」
「はい」 店員の言葉に反射的に応えてワンテンポ。俺は慌てて視線を上げた。
   しばらく会って居ない、彼女がそこに居た。
   俺は思った。「やっぱり猫背治さなきゃ」。
   自然と下へ行きがちな視線を今初めて悔やんだ。いつもは何ともないこの待ち時間がやたらと気まずい。もっと早く彼女だと気づいていたら、面倒くさがらず家のレンジで温めたさ。いや、それ以前に違う店に行く。でもこの店のカルボナーラが好きなんだ俺は。ってか…彼女、ここで働いてたんだ…こんな日まで…。
   「あの」
彼女が話し掛けて来た。
「ぇ…あ?」
動揺する俺は思わず変な声を出す。
「あの、後ろのお客様のために少しよけて頂けますか?」
「えっ?あっ…あぁ…ハイ」
何をやっているんだ、俺は。
   動揺しっぱなしの俺に対し、彼女は悔しい程平静だった。その姿に、やはり俺に“カノジョ”はもう居ないんだと改めて実感せざるを得なかった。

   コンビニから家までの数分のウチに、すでにクリスマスであることがどうでも良くなっていた。
   独りの部屋で、出来合えのパスタをつつく俺。
   こんな日まで働く彼女。
   訳がわからなくなって、一体どっちが寂しいクリスマスだろうかなどと意味の無い比較などしてみては、重たく息をついた。

   袋からカルボナーラを取り出す。その時、袋から細長いモノがこぼれ落ちた。
「あ…フォークが…」
落ちたそれが何であったかそれをしかと見た訳ではないが、普通、コンビニでパスタを買えば付いてくるのはフォークだ。なので俺はテーブルの下に転がったフォークを探した。
   が、テーブルの下にフォークなど落ちていなかった。その代わりに転がっていたのは、一膳の割り箸。
   「…………………………」
声が出なかった。
   身体がカタカタと震え出した。それが寒さの所為でない事は、自分自身がよく知っている。だって、目頭が熱い。
「…は……ははっ…」
誰に向けられたのか、思わず感情のこもらない笑いが零れる。
「あいつ…………」
声が滲んだのを感じた。目も霞んでる。
「やっべ…スゲーカッコ悪ぃ」

   気がついたら、俺、あいつに本気でありがとうって言った事ないや…。

   言わないでもわかると思ってたんだ。だって彼女はよく気のつく奴だから。だから言わなくても伝わってると思ってた。でも…わかってても形にして欲しい感情も確かにあるんだ。そんな簡単な事に、初めて気がついた。
   だからという訳でもないが、彼女に会いたかった。さっきみたいな形じゃなくて、もっとちゃんと向き合って会いたい。
   けれど、どんな顔をして会えば良いのか検討もつかなかった。

   「本当にサンタが居て、願いをかなえてくれれば楽になれるのに」などと柄にもない事を考えて、自ら鼻で笑って、テーブルに崩れた。

   そんな折り、携帯が鳴り出した。けれど到底取る気になれず、そのまま放置しておく。しかし、携帯はしつこいほど鳴り続けた。さすがにうるさくなり観念して手に取る。
「…誰だ?コレ」
ディスプレイには名前が表示されず、番号だけが点滅していた。なんとなく見覚えがあるような、無いような番号だ。
「もしもし?誰?」
問い掛けると、相手が声を返してくる。
   その声に、俺は素直に驚いた。

   幾ばくかの会話を交わし、俺は電話を閉じた。そして立ち上がる。
   傍らに放っぽり出したままのコートを羽織り、鞄を拾い上げて部屋を飛び出した。外は相変わらず雪が降っていて、身を切るように寒く足元も悪かった。にもかかわらず俺の足取りは速く、全力で疾走した。
   ただ、切れたままだったミルクを買うために。



─ Fin ─


nigredo
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